ホーム > NEWS & TOPICS一覧 > 校名の由来となったアイザック・フェリスのご子孫が来校されました
2026.10.07
法 人
歴史資料館からのお知らせ
9月26日、アイザック・フェリス(Isaac Ferris, 1798-1873)のご子孫、リチャード・バーラン夫妻(Mr. Richard Verlaan and Mrs. Caroline Verlaan)が来校されました。
アイザック・フェリスはアメリカ改革派教会の外国伝道局理事を務め、その息子であり伝道局通信担当主事となったジョン・M. フェリス(John Mason Ferris, 1825-1911)とともに、創立者メアリー・E. キダーを支えた人物です。キダーはフェリス父子に敬意を表し、学校名に「フェリス」の名を冠しました。
当日は、中学校・高等学校のカイパー記念講堂横の廊下に掲げられているアイザック・フェリスの肖像画をご覧いただきました。この肖像画は、アイザックの曾孫にあたるアンナ・E. フェリス氏から1986年にご寄贈いただいたものです。
またこの日、カイパー記念講堂では白菊会(中高同窓会)主催の「カイパー・サタデー・コンサート」が開催されており多くの卒業生で賑わう中、肖像画や講堂を見学されました。その後、山手6号館にある歴史資料館の展示室をご案内しました。
バーラン氏はご祖母のサラ・フェリス氏について調査されており、2024年に歴史資料館へお問い合わせをいただいたことが、今回のご来校のきっかけとなりました。
アイザック・フェリス、ジョン・M. フェリスは来日することはありませんでしたが、こうして時を超え、ご子孫の方に現在のフェリス女学院の姿やこれまでの歩みをご覧いただく、大変感慨深い機会となりました。
歴史資料館の展示室にて
左からブラウネル先生、阿部校長、秋岡学院長、リチャード・バーランさん、キャロラインさん、白菊会の三森会長