ホーム > NEWS & TOPICS一覧 > アントニン・レーモンド氏の孫であるシャーロット・レーモンド氏が来訪されました


2019.03.25

法 人

アントニン・レーモンド氏の孫であるシャーロット・レーモンド氏が来訪されました

 3月7日(木)の午後、山手キャンパス(大学)10号館設計者であるアントニン・レーモンド(1888-1976)の孫であるシャーロット・レーモンド氏(写真家)が来訪し、10号館の内外を見学されました。

 今回シャーロット氏とともにレーモンド設計建築物をはじめとする建築史研究者であるケン・タダシ・オオシマ ワシントン大学教授が来訪し、10号館の内外について、これまで知られていなかった興味深いお話しをうかがうことができました。
 オオシマ氏の説明では、内部は、シンプルかつ細部に至るまで機能性を重視した建物でありながら、4室の居間には色違いの枠の暖炉、曲線形の出窓や角を丸くカットした棚、カラータイルを使った装飾が施され、寝室にはウォークインクローゼットも配置されています。おそらくは、タイルや曲線状の棚のしつらえは、レーモンド氏の妻でデザイナーのノエミ・レーモンド(1889-1980)のデザインによるものではないかとのことでした。
 また、建物アプローチの庭側縁石に使われているタイルはスクラッチタイルと呼ばれ、昭和初期に流行したもので、帝国ホテルなどではさらに意匠を重視した模様で使用されているとのこと。レーモンド建築ではよく使われていた建築資材であるそうです。

 見学当日は、時折冷たい雨の降りしきる中、フォトグラファーであるシャーロット氏は祖父母が建てた当時の姿が残る建物の写真を熱心にカメラに収めていました。そして、今後よりよい形でこの建物を残していってほしいとのメッセージがありました。

 関東大震災の後に建てられ、既に90年以上の時を刻んでいるにもかかわらず、現代に通じる洗練されたデザイン、堅ろうかつ機能性に富んだ建物であることが改めて分かり、アントニン・レーモンド作品の歴史を未来に伝えていくことの重要性を感じたひとときとなりました。

山手10号館
 フェリス女学院大学10号館は、1929(昭和4)年にアントニン・レーモンドがライジングサン石油(現在の昭和シェル石油の前身)の社宅として、当時10人の速記者のためのシェアハウスとして建築されたものです。その後、1977(昭和52)年にフェリス女学院がシェル石油(当時)から買い取り、現在に至っています。
 この建物は、2007年に横浜市歴史的建造物の認定がなされ、2009年に横浜市の助成により外装修復工事が行われました。


10号館南側から建物を見学するシャーロット氏

建物の設計図や、修復工事の際に取り換えられた当時のタイルを見学されました

ページトップへ戻る